社会保険労務士「テラ先生」のハンズフリー・トーク
社労士「テラ先生」の業務外日誌。週末は、プジョーなどのクルマの話題です!
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F1「スパイカー」チーム売却
なぜ、ボクがこのスパイカーの話題を取り上げるかって? 元々は
 1991年発足のジョーダン・チーム(通算4勝)。
 2006年にはミッドランドに売却、さらに
 2006年途中に、スパイカーに売却、
 2008年には、再びその名前を替える・・・。

確か、
 ジャガーが、レッドブルになって、
 ミナルディが、トロロッソになってるんですよね。
 ここで、そろそろ記録しておかないと忘れちゃうから、と言うことが一点。

それに、
 ジョーダンといえば、ボクのひいきのホンダや、プジョー、佐藤琢磨が関係してるし、
 トヨタや、ヤマハや、鈴木アグリや、山本左近など、多くのジャパンパワーが、関係していたからです。
2007年 スパイカー・フェラーリ  現在まで 0ポイント
 No20. エイドリアン・スーティル
 No21. クリスチャン・アルバース→ 山本 左近
  2007年の残りの7戦、解雇されたアルバース(オランダ)に変わり山本左近が起用された。
 左近は、
  2005年は、ジョーダンのテストドライバーだったかな?
  2006年は、途中からスーパーアグリでレースに参戦してましたね。

2006年 ミッドランド・トヨタ(ブリジストンタイヤ)、 2006年 途中からスパイカー 0ポイント
 No18.ティアゴ・モンテイロ
 No19.クリスチャン・アルバース

2005年 ジョーダン・トヨタ 12p
 N.カーティケヤン
 T.モンテイロ
  第9戦 アメリカクランプリ(インディアナポリス)で、3位、4位に入っている。
  この時は、ミシュランタイヤ勢が全車棄権してしまったため、6台しか、出走しなかったはず。

2004年 ジョーダン・フォード  5p
 N.ハイドフェルド
 G.パンターノ → T.グロック

2003年 ジョーダン・フォード  13p
 G.フィジケラ
 R.ファーマン
  第3戦 ブラジルグランプリ(インテルラゴス)で、フィジケラが優勝している。

2002年 ジョーダン・ホンダ  9p
 G.フィジケラは、
  5位入賞が1回、6位入賞が3回。
 佐藤琢磨が、
  第17戦(最終戦)日本GP(鈴鹿サーキット)で、5位入賞している。
  ドイツグランプリでは、8位だった。琢磨F1デビューの年でしたね!

2001年 ジョーダン・ホンダ  19p
 H.H.フレンツェン → R.ゾンタ → J.アレジ
 J.トゥルーリ
  表彰台無し。4位が最高順位ですね。

2000年 ジョーダン・無限ホンダ  17p
 H.H.フレンツェンは、3位が最高
  第2戦 ブラジルGP(インテルラゴス)  3位
  第15戦 アメリカGP(インディアナポリス)3位
 J.トゥルーリは、4位が最高
  第2戦 ブラジルGP(インテルラゴス)  4位

1999年 ジョーダン・無限ホンダ  61p
 D.ヒル
  第3戦 サンマリノGP(イモラ)      4位
  第8戦 イギリスGP(シルバーストン)   5位
  第11戦 ハンガリーGP(ハンガロリンク)  6位
  第12戦 ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)6位
 H.H.フレンツェン
  第1戦 オーストラリアGP(メルボルン)  2位
  第2戦 ブラジルGP(インテルラゴス)   3位
  第4戦 モナコGP(モンテカルロ)     4位
  第7戦 フランスGP(マニ・クール)    優勝
  第8戦 イギリスGP(シルバーストン)   4位
  第9戦 オーストリアGP(A1リンク)    4位
  第10戦 ドイツGP(ホッケンハイム)    3位
  第11戦 ハンガリーGP(ハンガロリンク)  4位
  第12戦 ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)3位
  第13戦 イタリアGP(モンツァ)      優勝
  第14戦 ヨーロッパGP(ニュルブルクリンク)ポールポジション
  第15戦 マレーシア(セパン)        6位
  第16戦 日本GP(鈴鹿)          4位
   この年は、結構なリザルトを残していますね。
   これだけ結果を残せば、今のF1より、おもしろそうだなぁ!

1998年 ジョーダン・無限ホンダ  34p
 D.ヒル
  第13戦 ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)で優勝
 R.シューマッハ
  第13戦 ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)で2位
  第14戦 イタリアGP(モンツァ)3位

1997年 ジョーダン・プジョー  33p
 G.フィジケラ
  第12戦 ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)2位
  第7戦 カナダGP(モントリオール)3位
 R.シューマッハ
  第3戦 アルゼンチンGP(ブエノスアイレス)3位
   プジョーエンジンで優勝しちゃいたかったですね!

1996年 ジョーダン・プジョー  22p
 M.ブランドル 4位1回、5位1回、6位3回
 R.バリチェロ 4位2回、5位3回、6位2回

1995年 ジョーダン・プジョー  21p
 R.バリチェロ 第6戦 カナダGP(モントリオール) 2位
 E.アーバイン 第6戦 カナダGP(モントリオール) 3位
  プジョーは、
   1994年にマクラーレンに搭載してF1参戦した。
      マクラレーンとのコンビは1年で解消だったため、
   1995年~1997年 新型V10エンジンで、ジョーダンに搭載された。
   1998年~2000年 オールフランスの「プロスト・プジョー」で参戦。
  (2006年からの オールジャパンの「スーパーアグリ・ホンダ」にダブるなぁ)

1994年 ジョーダン・ハート 28p
 R.バリチェロ
 E.アーバイン(鈴木亜久里→A.デ・チェザリス)
  第2戦 パシフィックGP(TIサーキット英田)で、
  鈴木アグリが参戦している。予選20位、決勝リタイアだった。
  バリチェロは、予選8位、決勝3位。

1993年 ジョーダン・ハート 3p
 I.カペリ(2戦)→ T.ブーツェン(10戦)→ M.アピチェラ(1戦)→ E.ナスペッティ(1戦)→ E.アーバイン(2戦) 
 R.バリチェロ
  この年は、めちゃくちゃドライバーが替わってますね。

1992年 ジョーダン・ヤマハ 1p
 S.モデナ
 M.グージェルミン
  全16戦のうち2台で、予選不通過が4回、決勝リタイヤが19回。
  ヤマハエンジンダメだったのだろうか?

1991年 ジョーダン・フォード 13p
 A.デ・チェザリス
 B.ガショー10戦→ M.シューマッハ1戦→ R.モレノ2戦→ A.ザナルディ3戦
  ミハエルシューマッハも乗っていたんですね?

参考:
 ずんぐりF1図鑑 ジョーダン
 ずんぐりF1図鑑 プジョーエンジン
 F1 DataWeb
 MSNスポーツ・リザルトアーカイブ
 F1モデルカーコレクション & F1データベース
 フジテレビF1ほか
コメント
この記事へのコメント
デビュー
ジョーダンといえば、衝撃的なデビューイヤーの91年が好きです。ゲイリーアンダーソンのデザインが美しいフォルムのマシンに7upの緑色が懐かしいです。壊し屋A.チェザリスが乗っても車壊れないし結構速かった。B.ガショーがスプレー缶事件をやらかした後ベルギーGPで無名の新人M.シューを起用。いきなりデビュー戦を予選7位で通過したときはたまげたけれど(今年のハミルトンはもっとすげーなぁ)、決勝のスタート直後1コーナーでいきなりスピン・リタイヤしたのを見て「まだ青いなぁ」と思ったものです。まさかあの青年が後のF1界の王者に長く君臨するとは・・・(^^;
 そんなジョーダンは稀に見る世渡り上手でしたね。困った時に日本のエンジンやドライバーを起用しスポンサーをうまく使っていました。ジョーダンだけでなくロータス、ティレル、フットワーク、レイトンハウス、ラルース、ミナルディ、リジェ・・・日本人にゆかりのあるチームがだんだんなくなってきたのは淋しい限りですねぇ。
2007/09/25(火) 23:43:54 | URL | ぷじょ~る #-[ 編集]
ぷじょ~る さん、こんばんは!
ぷじょ~るさん、すごっく詳しいですね!

>困った時に日本のエンジンやドライバーを起用しスポンサーをうまく使っていました。

 そう言う理由だったのか!?
 1999年 ジョーダン・無限ホンダの活躍を見ると、
 2007年の ホンダワークス、スーパーアグリ・ホンダの実績と比べて、うらやましいくらいです。
(^^;)
2007/09/26(水) 01:08:06 | URL | テラ #nMGarW5U[ 編集]
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